歴史調査散策:上中野~了義寺 半僧坊 (2023.2.8)
椿洞「了義寺」を調査するため、さんさんバス:上中野(25)~了義寺(19)を鶴山霊園前(14)経由で徒歩で向かいました。
さんさんバス「上中野」直ぐ近くに、地蔵が置かれています。・・地元の方が花等を供えて守られています。
「船田合戦」や「長良川の戦い」の砦があった「鶴山」で、左前方に神社の鳥居が見えています。
道路脇の無人販売で、1袋:100円で「八朔」を販売している。・・のどかですね。
「鶴山」側では太陽光パネルが設置され、やや美観を損なっています。
西に見えているのは、上城田寺城跡のある「城ケ峰」だと思います。・・昨年仲間達と歴史調査で登りました。
前方の山は「城ケ峰」と繋がっていますが、地元では「西山」や上土居「権現山」と呼んでいます。(南西方面)
「鶴山霊園」は「鶴山」の南の麓にあり、濃尾大震災で山が崩れた場所です。黒野「於母ケ池」の造営を許可した、打越:川嶋左内の墓が有ります。(江戸時代)
「鶴山霊園」近くの反対側では、無人販売でダイコンを100円で販売しています。・・城田寺・打越地区は無人販売が多いです。
前方に「岐阜工芸」の会社の看板が見えてきましたが、その近くにさんさんバス:岐阜工芸北(15)のバス停が有ります。・・この川は戸石川かな?
さんさんバス:岐阜工芸北(15)のバス停ですが、山の近くで道路の左側には家は有りません。・・北西に向かって歩いています。
さんさんバス:貢毛(こうげ 15)のバス停ですが、山の近くで道路の左側には家は有りません。
進行方向左手に「清水団地」が見えてきましたが、道路右側に「椿洞・清水組住宅地図」の看板があります。・・住んでいる人の名前が書かれていますが、防犯的に大丈夫かな?
さんさんバス:清水団地(17)のバス停です。・・バスは1日に2便しかなく車がないと不便です。
岐阜の伝え話「夜泣き地蔵(首なし地蔵)」を見るためには、ここから長靴を履いて道路の下をくぐります。
前方の石垣の真ん中辺りに、「夜泣き地蔵(首なし地蔵)」が見えています。
さんさんバス:地蔵堂前(18)のバス停で、民家が山沿いにあります。・・「椿洞古墳」に近い場所です。
目的のさんさんバス:了義寺(半僧坊 19)前のバス停に来ましたが、「了義寺」(廃寺)の場所が分からないので近くの住民の方に聞いて回りました。
この狭い道を登って行った所にあったようなので、急な登りを歩いて向かいました。やや不安!
道の途中にはイノシシを防ぐ金属製の柵が有りましたが、一旦どけて中に入り登りました。・・トイレが見えてきました。
その横には壊れた、鉄骨の小屋のような建物が有りました。・・以前は住んでいたのかな。?
道らしき所を登って行きましたが、寺の跡や半僧坊の場所が山のどの辺りにあったか不明のため、今回は断念しました。・・今度仲間と確認する予定です。
さんさんバス:鈴道(20)のバス停に来ましたが、ここからは仲間の家や「椿洞古墳」が近くにあります。
電話をして谷汲温泉から帰宅中の仲間と落合い、その後喫茶店にて話を行いました。
「椿洞古墳」が中日新聞 1985年(昭和60年)10月30日(水)に、掲載されました。
「常磐歴史研究会」会員で「椿洞古墳」見学会を、2021年9月11日に行った。
2023年1月4日に「岐阜市歴史博物館」に、仲間と「圭頭太刀」を見学に行ってきました。・・2月26日迄展示。