黒野歴史探訪:洞の史跡めぐり(2023.10.21)②
参加者全員に振舞われた富有柿を、食べながら開始を待っています。・・黒い陣羽織の女性が前方に向かっています。(午前10時4分)
本有山「圓成寺」第16世 坪井龍生住職より、参加者に挨拶をされました。・・かなり高齢だと思われます。(午前10時5分)
紙芝居「於母ケ池物語」の主人公の末裔:西・松井さんより挨拶が有りました。・・母の実家の北に在住。(午前10時10分)
紙芝居「於母ケ池物語」は、中村さん・松井さん・澤島さん・関谷さん(写真左から)の4名で上演されます。(午前10時13分)
紙芝居「於母ケ池物語」を上演後、河口会長より補足説明が有りました。・・常磐地区も多少は協力しました。?(午前10時34分)
紙芝居が終了後「圓成寺」(曹洞宗)境内で、記念写真を撮影しました。・・私は写真係で何時も写っていません。?(午前10時37分)
本有山「圓成寺」の境内に赤い鳥居が有り、「豊川吨雌枳尼真天」(とよかわ だきにしんてん)と書かれています。・・豊川稲荷は曹洞宗のお寺です。(午前10時39分)
進行方向の左は「御望山」で、東海環状自動車道トンネルと橋脚工事が行われています。・・「御望山」の麓には、「洞第2古墳群」が有ります。(午前10時47分)
進行方向の前方に、東海環状自動車道の大きな橋脚が見えて来ました。(午前10時54分)
工事現場に近づいて来ましたが、橋脚はコンクリートと鉄骨では幅が違います。(午前10時56分)
岐阜県文化財保護センターの人から、この場所の「洞第2古墳群」の説明が有りました。・・参加者に安全のために、ヘルメットが配布されました。(午前11時)
調査期間:2017年5月~2018年1月 2018年5月~12月
主な時代:縄文時代・弥生時代・古墳時代・古代・中世
主な遺構:竪穴建物・古墳10基等
主な遺物:弥生土器・土師器・須恵器・灰釉陶器・山茶碗・
石器・石器・金属製品等・・岐阜県文化財保存センター資料参照
東海環状自動車道の大きな橋脚の下で、岐阜国道事務所:山田事業対策官様から挨拶が有りました。・・常磐の城田寺トンネルも担当していたようです。(午前11時18分)
東海環状自動車道:(仮称)岐阜ICのイメージ写真パネルで、岐阜国道事務所:山田事業対策官様から説明が有りました。・・黒野や常磐地区が変わろうとしています。(午前11時22分)
旗を持った誘導の人に従い、100名近い人が歩いています。・・農道で車はそれ程通りません。(午前11時43分)
黒野の自治会関係者の誘導で、「深坂神社」駐車場に向かっています。(午前11時52分)
これは東の守り神「庚申様(青面金剛)ですが、各村に1か所は設置されています。・・「見猿・言わ猿・聞か猿」は、中国:道教の影響です。(午前11時54分)
これは「馬頭観音」(1855年設置)ですが、江戸時代~昭和時代の終戦まで田畑の農耕に馬の力を借りていた。・・馬や牛は家族と同じと考えられ、玄関脇に馬小屋・牛小屋があった。?(午前11時54分)
黒野歴史探訪『洞の史跡めぐり』も無事終了して、「深坂神社」駐車場にて解散となりました。・・予定よりやや遅れました。(午前12時2分)