上土居:熊野神社の左義長(2026.1.11)

上土居:熊野神社に「左義長」に参加するため、お札を持って第一鳥居までやって来ました。・・前方の低い山を地元の人は、「権現山」と呼んでいます。🤔(午後12時53分)

鳥居の右側の祠には、数年前に見つけた上土居「青面金剛(庚申様)」「馬頭観音」❓が設置され、今でも地元の人が花を供えています。🤗😮・・歴史を守る事が重要です。(午後12時53分)

ここは上土居:熊野神社の参道になっており、前方には第二鳥居が見えています。⛩・・北方向の山頂に、「城田寺の戦い(1496年)」の石丸利光方:上土居城跡(砦)が有りました。(午後12時55分)

後ろの南方向には先ほど見た、第一鳥居が見えています。・・神山家の先祖はこの辺りに住んでいたと思われます。❓(午後12時56分)

鳥羽川に架かる橋は「宮橋」で、今の橋はやや西に傾いて架けられています。・・対岸の東北には常磐小学校が有ります。🏫(午後12時57分)

当日の第二鳥居の写真撮影を忘れました。(1月元旦に撮影)😅😥・・1月11日は旗・門松は撤去されていました。

「左義長」は午後1時からと聞いていたが、宮司さん・氏子役員等多くの人が集まり、神事は既に始まっていました。・・火入れには間に合いました。🔥😅(午後12時59分)

宮司さん・氏子役員による神事も終わり、火入れが始まり火が燃え始めました。🔥・・風が強くやや心配です。(午後1時)

「門松」に使用した竹・笹等が、「どんどん」と音をたて勢い良く燃え始め、参加者が心配そうに上を見上げています。・・今日は風が強いようです。(午後1時10分)

参加者が順次お札・飾り等を燃やし始めたので、私もお札を火の中に入れました。・・誰が持って来たか不明だが、場違いの達磨まで有ります。(午後1時10分)

本殿の東には「連理之榊」(1月元旦に撮影)が祀られていますが、その奥にも「連理之榊」になりかけた木が有ると、宮司さんが私を案内してくれました。・・写真撮影を忘れた。😥😅

参加者が持って来た「餅」を焼き始めたが、風の影響か火の方向が偏っています。・・手前の「餅」は焼けないようです。😅(午後1時55分)

突然に雪が降り出して風も強く、「岐阜城」や周りがかすんで見えなくなりました。・・妻・娘からはLineで早く帰るように連絡が有りました。❄⛄(午後1時57分)

雪がかなり降ってきたので妻・娘から電話で、車で迎えに行くと連絡があった。🚗・・帰る人もかなり出てきました。😥(午後1時59分)