歴史調査:方広寺訪問①(22022.11.30)
「方広寺」(別称:奥山半僧坊)は静岡県浜松市にある臨済宗方広寺派の大本山で、1371年(建徳2年)遠江(静岡県)の豪族:井伊家の一族である「奥山朝藤」の開基である。・・HP参照 撮影を忘れ帰りに撮影。
「奥山朝藤」は後醍醐天皇の11番目の皇子であった「無文元選」(1323年-1390年)に深く帰依していたので、「無文元選」を開山として創建された寺である。・・HP参照(午前11時54分)
「弁天堂」は通称『黒門』として親しまれている総門をくぐってすぐの左手にあり、竜の置物がされている池に立つ古い御堂で、「出世弁財天」があります。・・HP参照(午前11時55分)
「虎豹巌」(こひょうがん)と言う看板が建てられ、「方広寺十聖境 第二」となっています。大岩の「虎豹」が伏して山門を外護しています。・・HP参照(午前11時56分)
足利紫山管長によって、1953年(昭和28年)に再建された山門(通称:赤門)。・・HP参照(午前11時58分)
歩道の左には綺麗な水が流れ、赤い帽子の石像が建てられています。(午前11時58分)
「貝葉谿」(ばいようけい)と言う看板が建てられ、「方広寺十聖境 第五」となっています。・・事前に調べてないので意味が良く分かりません。(午後12時1分)
道の分岐店に来ましたが、「本堂」方面は左に行くようです。・・前方に赤い「鳥居」が見えてきました。?(午後12時2分)
大本山方広寺の境内には「五百羅漢」と呼ばれる石像が点在しています。釈迦入滅後、教典編纂の第一結集、第四結集に500名の仏弟子達が集まったことに由来します。・・HP参照 赤い帽子をかぶり何か神秘的です。(午後12時3分)
パワースポットとして注目されている小さな杉の切り株で、1881年(明治14年)奥山大火の難を受けた後、幹の中が炭化したまま再生し130年以上の時を生き続けた。・・・・HP参照 方広寺の鎮守様である「奥山半僧坊」の化身といわれる「半僧杉」(午後12時3分)
「奥山半僧坊大権現」は「臨済宗:方広寺」内にあり「方広寺」の別名として紹介されることがありますが、「奥山半僧坊大権現」は大本山「方広寺」の鎮守の神様です。・・HP参照(午後12時4分)
初めて行くお寺なので中々時間がかかり、前方に本当に有るのかやや不安になってきました。(午後12時5分)
「龍偃杉」(りょうえんすぎ)と言う看板が建てられ、「方広寺十聖境 第七」となっています。・・事前に調べてないので意味が良く分かりません。(午後12時8分)
「椎河龍王」近くに置かれていた「石仏」ですが、穏やかな顔で建っています。・・何故か赤い帽子を被っていません。?(午後12時10分)